橋本奈々未が登りきった坂道――乃木坂46ではじまり乃木坂46で終える芸能活動を振り返る

乃木坂46ファンの間に衝撃が走った真夜中の発表から4ヶ月。橋本奈々未がグループを卒業、そして芸能界から引退するその日が目前に迫っている。
センターを務めたラストシングル「サヨナラの意味」がミリオンを達成した際、改めて「やり残したことはない」と5年半の芸能活動に充実感をにじませた橋本。そんな彼女が乃木坂46のメンバーとして芸能活動をスタートし、乃木坂46のメンバーとして芸能界を離れるまでの5年半の活動を振り返る。


2011年8月、乃木坂46の1期生オーディションに合格し、2012年2月に1stシングル「ぐるぐるカーテン」でデビュー。以降、乃木坂46がこれまでにリリースしたシングル16枚全てで”福神”と呼ばれるフロントメンバーに選ばれ、「ななみん」の愛称で広く愛された。

初期から中心メンバーとして活躍した(12年11月)

初期から中心メンバーとして活躍した(12年11月)

初期の乃木坂46は生駒里奈、生田絵梨花、星野みなみといった年少メンバーが1列目を担い、橋本は彼女たちを後ろから支える2列目のポジションが定位置となっていた。同じく2列目に立つ白石麻衣、松村沙友理とともに“御三家”と呼ばれ、抜群のルックスで乃木坂46の美の象徴となっている白石、時折子どものような無邪気さを見せる松村、知的で落ち着きのある橋本と、絶妙なバランスの3人は、その美貌と個性で初期の乃木坂46を牽引した。

2013年7月にリリースされた6thシングル「ガールズルール」で白石、松村とともに初めて1列目に。この時期、橋本はフジテレビの月9ドラマ『SUMMER NUDE』に石狩清子役でレギュラー出演。前後して日本テレビ『BAD BOYS J』および『劇場版BAD BOYS J -最後に守るもの-』でヒロイン・由本久美を演じたほか、テレビ東京『LOVE理論』、ひかりTV『24時間女優 -待つ女-』など、先陣を切って女優業に進出し、冠番組ではMCのバナナマンから「女優・橋本」とイジられ照れる姿も度々見受けられた。
また、大ファンだというフジファブリックのミュージックビデオにも出演。狼とのラブストーリーというファンタジックな世界観を可愛らしく演じてみせた。

「可愛い」と話題になった“プク顔”

「可愛い」と話題になった“プク顔”

整った顔立ちとあっさりした性格から「クールビューティー」と称されることも多い橋本。自分自身とグループの現在地を一歩引いた視点から俯瞰できる冷静さを持つ、アイドルとしては稀有な存在だった。
とはいえ、それは1つの側面にすぎず、どちらかといえば“いつも飾らず自然体”という印象の方が強い。典型的なアイドルらしい振舞いは苦手なようだったが、「癖でやってしまう」という両頬をふくらませる“プク顔”が可愛いと話題になったりもした。

冠番組の「乃木坂って、どこ?」「乃木坂工事中」では、その特異な人物像が一層浮き彫りとなった。
早泣きを競う企画では、尊敬する元プロ野球選手の桑田真澄氏のWikipediaを読んで泣けると豪語し、桑田氏の名言を朗読して泣こうとしたり、また、笑いのツボがズレていることから「人の不幸が好き」というキャラが定着し、メンバーによる不幸自慢企画が生まれたことも。
なかでもファンの記憶に色濃く残っているのは「乃木坂こども相談室」という企画だろう。小学生の質問に対し、相手を子ども扱いすることなく真剣に答えようとする姿勢が裏目に出て空回り。「地獄は本当にある?」という質問では、「今生きているこの世界が地獄かもしれない」と持論を展開し、子どもたちを唖然とさせた。

デビュー4年目に入ると、TOKYO FM「SCHOOL OF LOCK!」内の人気コーナー「GIRLS LOCKS!」のパーソナリティや、女性ファッション誌「CanCam」の専属モデルなど、活躍の場をさらに広げた。
その一方で、元来身体が丈夫ではなかった橋本は、体調不良によりイベントを欠席することも珍しくなくなっていった。グループの人気に火がつき、多忙を極めるにつれて、体調をコントロールすることが難しくなっていたようだ。

西野の代理でイベントに出演した(14年2月)

反対に、体調を崩したメンバーを橋本がフォローすることも。2014年2月には映画のイベントにゲスト出演するはずだった西野七瀬が体調不良により欠席。急遽、橋本が代役を務めた。

2014年8月、乃木坂46は明治神宮野球場で全国ツアーの千秋楽を迎えたが、3万人が詰めかけたそのステージに橋本の姿はなかった。同ツアー中にアレルギー反応の一種である「アナフィラキシー」で入院し、パフォーマンスができるまでに回復しなかった。
翌2015年に公開されたドキュメンタリー映画『悲しみの忘れ方 Documentary of 乃木坂46』の中で橋本は、「2014年はすごく悶々とした時期だった」と振り返っている。「辛いことがある度に『やめたいな』と思った。でもこれじゃダメだなって。今辞めたら入った意味がなくなっちゃう」。この頃には、彼女は自分の芸能人生のゴールをはっきりと見据えていたのかもしれない。映画の中では「私が辞めても家族がちゃんと暮らしていけるような環境を全部整えて、娘をこうやって育ててよかったって両親に思ってもらえるようになったら、やってきた意味があったと思える」と瞳を潤ませながら話している。
そして、生活苦から抜け出すために乃木坂46に加入し、辛い時も「家族を支えたい」という気持ちをバネに乗り越えてきた橋本は、2016年に1つのゴールにたどり着く。

橋本奈々未(13年9月)

橋本奈々未(13年9月)

2016年10月19日深夜のラジオ番組の生放送で卒業を発表した。芸能界からも身を退くという、あまりに潔い決断はファンを驚かせたが、どんな時も周囲に流されず自分の価値観を貫いてきた彼女らしいとも言える。
乃木坂46として過ごす最後の大晦日、紅白歌合戦の舞台でセンターに立ち「サヨナラの意味」を34人のメンバーとともにパフォーマンスした橋本は、「今までで一番緊張しました。ありがとうございました。楽しかったです」と満ち足りた表情を浮かべた。

自身の24歳の誕生日でもある2月20日にさいたまスーパーアリーナで開催される卒業コンサートをもって芸能界を引退する。
メンバーの生田絵梨花や桜井玲香に「ななみんがアイドルになってくれたことが奇跡」とさえ言わしめた橋本奈々未は、芸能人生の最後にどんなメッセージを残すのか。

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